一般的な生活の常識すら教育できない幼い子供を、公共の場に連れ出すような親は、常識がないのでしょうか。

日常生活における子供の家庭教育

常識的な生活が送れるよう教育する立場である親

最近は、公共の場で子供が騒ぐことについて、よく議論が起こっています。
子供だから多少騒いでも仕方がない、という意見もあります。
もちろん、何も分からない子供に対し、他人である周囲の大人が非難するのは、大人げないことです。

しかし、多くの場合、周囲の大人が非難しているのは、子供本人ではなく、その親の方なのではないでしょうか。

確かに子供は、騒いで良い場所と悪い場所があることも理解できず、自分の気分だけで騒いでしまうものです。

しかし、その保護者である親は、立派な大人であり、それらを充分理解しているはずです。

理解しているにも関わらず、子供を公共の場で騒がせている親にこそ、問題があるのではないでしょうか。公共の場では、他の人に迷惑をかけないよう静かにしていなければならない、これは、日常生活をおくるうえでの常識です。

この常識を、まだ小さな子供たちは、理解できていません。
しかし、理解できていないからといって、その常識が変わるわけではありません。公共の場が騒がしければ、それがどんなに小さな子供であっても、やはり迷惑なのです。

物事の良し悪しを分かるようになってから、教育すれば良いという人もいます。
では、その子供が物事の良し悪しが分かるまで、周囲の大人は騒がしさに耐えなければいけないということでしょうか。一人の子供はやがて成長しますが、子供は世の中に一人ではありません。また別の子供が生まれるはずです。

大人は、いつまで我慢し続けなければならないのでしょう。公共の場に、物事の良し悪しも分からない子供を連れだす親自体が、常識に欠けていると言われても仕方がないのではないかと思います。
それでは、親が我慢を強いられる、といいますが、我が子のために、親が我慢をするのは当然のことではないでしょうか。

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